防御率と投手の実力


 まず、アメリカと日本で記録の付け方にちょっと違うものがあるのでご紹介したいと思います。自責点なんですが、ご存知ない方のために少し説明しておきますと、これは投手が自分の責任で取られた点を表すもので(そう言い切れるかどうかには問題がありますが、まあ目安という事で)、これが少ないほど「良い投手」とされています。「防御率」もこれを元に計算します(=1試合あたりの自責点がいくらになるか)。

 で、日米の違いなんですが、日本では点が入った時点で、それが投手の自責点になるかどうかが「確定」してしまいますが、アメリカではそのイニングが終わるまで「保留」されるんです。つまりその後の状況を見るわけです。例えば、ランナー3塁で、捕手がパスボール(ボールを取り損なう)して3塁ランナーがホームインしたとしましょう。これは投手の責任ではありませんから、日本だとこの時点で、この1点は投手の自責点ではないという事が確定してしまいます。たとえこの後ヒットが出ても関係ありません。ところが、アメリカでは、この後ヒットが出れば、「パスボールがなかったとしても点が入っていた」と考えて投手に自責点が付くのです。

 日本の方がスパッと割り切っていて、アメリカの方が用心深いところが、一般的な両者の性質と逆のような気がして、なかなか面白い違いだと思うのですがいかがでしょうか?まあ、どちらがいいとも悪いとも言えませんが、僕個人としては、日本の方が好きです。状況が変われば、その後起きる事も変わってくるはずですから、3塁ランナーがホームインした後に出たヒットが、3塁にランナーがいる状況でも出るかどうかは分かりません。投手が投げる球も違うはずだし、投手や打者の精神状態だって違います。それを無視して「・・・だとしたら」という考え方というのは、どうも僕は好きになれません。ただ、日本のやり方だと、防御率を下げないために、捕手がわざとパスボールするなんていうインチキ臭い事もできちゃうという難点もありますが。まさかそんな事しないだろうと思うかもしれませんが、タイトル争いが絡んだ時の現状を見ていると、まんざらあり得ない話でもなさそうなのは情けない限りです。

 さて、こんな風にアメリカだけの結果論的な部分があるわけですが、日米共通の結果論的な部分もあります。それは、「アウトにできる守備機会が3回あった時点で投手の責任はなくなる」という部分です。例えば、二死からエラーで走者が出た後、ホームランを打たれて2点を失っても、投手の自責点は「0」です。エラーで出塁した走者による1点が自責点ではないのは分かるけれども、ホームランによる1点は自責点ではないのか?と思われる方もいらっしゃると思いますが、これも自責点にはなりません。なぜなら、既にアウトにできる守備機会が3回(二死+エラー)あったからです。この後、どんなにメッタ打ちされて、何十点取られようが、投手には一切自責点は付かないのです。「エラーがなければそのイニングは終わっていた」という考え方ですね。でも現実にはそのイニングは続いています。

 「投手の責任」をどこまでと考えるかの問題だと思いますが、僕は、基本的には投げている限り責任があると考えるべきだと思っています。先程の例ですと、エラーで出た走者による1点は自責点に加えなくても良いと思いますが、ホームランによる1点は自責点に加えるというやり方の方が好ましいと僕は思っているという事です。エラーも野球の一つの出来事です。現実にエラーがあり走者が出るという状況が生まれたわけで、これを如何に乗り切るかも投手の力量次第です。実際、こういう場面で脆さをさらけ出す投手がいます。エラーで走者を出すと別人のように崩れてしまう投手です。特に二死からのエラーでよくあり、高校野球なんか見ているとやたらと目に付きます。「終わった」と思ったところにエラーされて、気持ちの立て直しができないんでしょうね。ところが、現在の自責点(防御率)の付け方は、こういう投手の特性を全く表現していません。

 もし、防御率こそが投手の真の実力を最も的確に表現しているものだと思っている方がいらっしゃいましたら、こういった事を少しだけ頭の片隅に置いておかれる事をおすすめします。少し違った投手の見方ができるかもしれませんので。


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